東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)207号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いはない。
二 引用例に審決の理由の要点2摘示に係る記載があること、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が同3摘示のとおりであることは当事者間に争いがなく、相違点(1)に対する審決の判断も原告の争わないところである。また、相違点(2)に対する審決の判断のうち、本願発明の階段状加工面が周知のレジストの部分的剥離―エツチングの繰り返しによるエツチング手段によつて容易に形成される点は原告も争わないところであるから、その余の点、すなわち引用例記載の発明が被加工金属材料の面に二種類のマスキング塗料を並列に且つ互いにそれぞれの一部で重合するように塗着すること(以下「並列・重合構成」という。)によりエツチング面が連続三段からなる階段状の加工面が得られるとの構成を示唆しているか否かについて検討する。
1 いずれも成立に争いのない甲第二ないし第四号証(本願特許出願に係る願書に最初に添付した明細書及び図面、昭和五七年三月二七日付及び同年八月二〇日付各手続補正書)によれば、本願発明は、アルミニウム、鉄、銅その他適宜のエツチング可能な金属材料の面に少なくとも連続二段の階段状のエツチング加工を高能率に行なえるようにした方法を提供するもので、前記本願発明の要旨記載のとおりの構成によつて、少なくとも連続三段の階段状の加工面を作成することを確実に行なえるエツチング加工法を提供するものであることが認められる。
2 成立に争いのない甲第五号証(引用例である特開昭五一―一四四三五〇号公報)によれば、引用例記載の発明は、異種金属積層板に象眼的な感覚とともに浮彫効果を発揮した浮彫装飾を写真製版技術により安価に形成する製造法に関するものであつて、その詳細な説明として、別紙図面(二)第1図に基づいた実施例の説明があり、異種金属積層板の上層金属面に主体画像と補助画像とを形成する具体的方法について、「鉄板(1)と銅板(2)との金属積層板、たとえば一mm厚さの鉄板に一〇〇μ厚さの銅メツキを施した積層板の銅面に、たとえば市販のコダツクKPR(商品名)などの感光液を塗布し第一感光膜3を形成する(第1図(a))。この感光膜(3)が乾燥したのち主体画像(第一画像)を有するフイルム(4)を感光膜上に密着してアーク灯にて露光し指定の現像液により現像処理する。すると感光膜に第一画像(5)が形成される(第1図(b))。次いで、上記第一画像(5)の焼付け面に、市販のたとえばヘキストコピングラツカーPK13(商品名)などの感光液(ポシーポジタイプでアルカリ現像液を使用する)を塗布し第二感光膜を形成する。この感光膜が乾燥したのち補助画像またはマスク版画像(第二画像)を有するフイルム(7)を第一画像と合致して感光膜上に密着させ、アーク灯にて露光し、指定の現像液により現像処理する。すると第二感光膜に第二画像が形成される(第1図(c))。このとき第一画像の全面または一部は第二画像でおおわれている。」との記載(二頁左上欄二行ないし同頁右上欄一行)が存在し、同記載に続いて腐食処理の具体的方法として、「たとえば塩化第二鉄溶液などの腐食液中に浸漬して、露出部分の銅層が完全に溶出するまで腐食を行なう(第1図(d))。次いで、残留する第二感光膜は第二感光膜の指定の剥離液により剥離して、第一画像(5)を露出させる、このとき、第一画像(5)は鉄板(1)より浮上つた状態にありまた第一画像(5)の腐食部分は露出状態にある。これを再び腐食液中に浸漬して、第一画像の腐食部分が銅板(2)の所定深さ、たとえば銅板の厚さが一〇〇μの場合、五〇μの深さに達するまで腐食を行なう(第1図(e))。第二回の腐食を終り、第一画像(5)を有する感光膜を剥離すれば、鉄板(1)上に第一画像が浮上つて形成され、かつ第一画像内には腐食により浮彫が形成され、立体感のある装飾板が得られる(第1図(f)。」なる記載(二頁右上欄二行ないし一七行)の存在することが認められる(以上の二頁左上欄一行ないし同頁右上欄一七行の記載を「第1図に関する記載」という。)。
ところで、縦断面図である引用例の第1図における第一画像の平面形状は種々の場合が想定されるが(例えば棒状のものが複数本並んでいる形状)、その中に別紙図面(四)に示された枠状の形状のものが含まれるとする点において、当事者双方の陳述は一致し、このことを前提として、それぞれ主張し反論しているので、当裁判所も、右のように、引用例の第1図に含まれることについて争いのない別紙図面(四)に示された平面形状について検討することとする。
引用例中の第1図に関する記載中「第一画像の全面または一部は第二画像でおおわれている。」との記載(以下、「被覆に関する記載」という。)における第一画像とは、別紙図面(四)の斜線部分(第一画像。その下面は同画像が密着して覆つている金属面)及び横線部分(第一画像に囲まれて露出している金属面)を意味し、「第一画像(5)の焼付け面」と同義であることは当事者間に争いがない。しかして、被覆に関する記載中の「おおわれている」とは、第1図に関する記載中の「第一画像(5)の焼付け面に……感光液を塗布し第二感光膜を形成する。」との記載、特に「塗布」の文言からみて、第二画像を形成するための感光膜は、第一画像の焼付け面、すなわち別紙図面四の斜線部分にも横線部分にも密着して形成されるものと認めることができる。したがつて、その場合には、引用例第1図の平面形状である別紙図面(四)の枠状の形状において、第二画像は、第一画像に密着してこれを覆い、第一画像と重合(第一画像上に密着して第二画像が形成される。)かつ並列(第一画像に囲まれた金属面上に密着し、第一画像と並んで第二画像が形成される。)関係にあるものということができる。しかして、引用例記載の発明が異種金属積層板に象眼的な感覚と浮彫効果の発揮を目的とするものである以上、様々な形状、態様の画像の形成が想定され、第二画像による覆い方についても特段の限定はないものと解すべきであるから、第二画像が第一画像の焼付け面、すなわち別紙図面(四)の斜線部分及び横線部分を別紙図面(三)第5図のように分断し、第一画像に囲まれた金属面のうち一部は露出したままとして残余の部分を第二画像により密着して覆えば、本願発明と引用例記載の発明の一致点として審決により指摘されている第一次及び第二次エツチング処理による二回の腐食と最後に残る画像膜(塗膜)の除去処理により、同第6図に示されるような連続した三段からなる階段状の加工面が形成されることは明らかである。
そうであれば、引用例記載の発明には、本願発明における並列・重合構成とこれによる連続三段からなる階段状加工面が得られることについての示唆があるものということができる。
3 原告は「引用例には第一画像に囲まれた金属面の一部分のみが第二画像で密着され被覆されているという技術的思想は開示も示唆もされていない」旨主張するが、その根拠とするところは、以下のとおり、いずれも理由がない。
(一) 原告が指摘する引用例二頁右下欄四行ないし一〇行の記載は、補助画像の焼付け前に第一回の腐食処理を行なうことを前提にしているものであるから、これまで述べてきた引用例記載の発明(特許請求の範囲第一項記載の発明)についての効果の記載とは認めがたく、むしろ前掲甲第五号証(引用例によつて認められる「異種金属積層板または異種金属積層板と他の非金属基板との積層板の上層金属面に、写真製版法により主体画像(第一画像)を焼付け現像し、腐食液に浸漬して上層金属の露出部分を所望の深さに腐食溶出したのち、第一画像面に再度感光液を塗布して補助画像またはマスク版画像(第二画像)を焼付け現像し、しかるのち腐食液に浸漬して露出部の上層金属が完全に溶出し下層金属の一部まで腐食して浮彫装飾を形成することを特徴とする浮彫装飾板の製造法。」(特許請求の範囲第二項記載の発明)についての効果の記載と認めるのが相当であるから、同記載の文言の表現を拠り所とする原告の主張は失当である。
なお、付言するに、引用例記載の発明は、前記のとおり異種金属積層板に象眼的な感覚とともに浮彫効果を発揮した浮彫装飾を形成することを目的とするものであるところ、たとえ第一画像内に鉄板(基板金属)まで腐食により掘り下げられた部分(最低位の金属面)が含まれていても右目的に反するものとは解されず、また、「鉄板(1)上に第一画像が浮上つて形成され、かつ第一画像内には腐食により浮彫が形成され立体感のある装飾板が得られる(第1図(f))。」との前記引用例の記載に抵触するものでもないと思料する。
(二) 原告は、引用例第一発明に関する図面では第二画像は第一画像で囲まれた金属面から浮上つた状態で描かれており、したがつて、引用例には第二画像は第一画像で囲まれた金属面を完全に覆つて該金属面に蓋をするという技術思想しか示されていないと主張する。
しかし、第一画像の焼付け面に第二感光膜が第二画像を形成する際、第一画像と第二画像が並列・重合関係にあることは既に説示したとおりであり(しかも、第二感光膜による被覆が第一画像の焼付け面の一部についてでもよい。)、その意味では、第二画像が第一画像間を蓋状に連結しているかの如き引用例の第1図は正確性を欠くものといわざるを得ないが、引用例記載の発明において、画像が形成される感光膜は極めて薄いため、第一、第二画像の相互の位置関係は詳細な説明の記載(具体的には第1図に関する記載)に委ね、同図により、感光膜の塗布、画像形成、腐食という作業工程の進行を模式的に示したものと解するのが相当である。そして、このことは、引用例の第1図に関する記載との関連で同図をみれば自ら明らかであり、当業者は、右記載により、かつ同図を参酌することにより、第一画像の焼付け面と第二画像の関係をたやすく理解するものと認めることができる。したがつて、かような図面が記載された引用例により特許法二九条二項を適用したとしても、審決に理由不備または審理不尽があるということはできず、もとより同項の適用に先立ち特許法一五九条二項、五〇条による拒絶理由の通知が必要であるとも認められない。
(三) 原告は、引用例に第一画像の焼付け面の一部が第二画像で覆われている構成の実施例が別個の図面で説明されていないことを理由に、引用例には第一画像に囲まれた金属面を第二画像で完全に被覆しないという技術的思想は開示も示唆もされていないと主張するが、前記のとおり、第一画像の焼付け面の一部が第二画像で覆われているとの記載は、第1図に関する説明において第1図との関連でなされていると解するのが相当であるから、原告の右主張は前提を欠き失当である。そうであれば、被覆に関する記載についての原告の解釈も既に説示したところに照らし、とうてい採用することができない。
4 以上は当事者双方に争いのないところにより、別紙図面(四)の枠状の形状が第1図の平面形状であることを前提として検討したところであるが、引用例記載の発明にあつては、そのような形状物に限られず、棒状、曲線状等各種の形状による浮彫装飾板が考えられる。その場合、前記のような引用例記載の発明の目的に照らし、引用例中の前記被覆に関する記載の適用を排除すべき特段の事情もないから、例えば棒状のものに右記載を適用すれば、第二画像は第一画像の上面とそれに続いて同画像が形成されていない金属面上に、かつ同画像と並列に形成されることになり、結局この並列・重合構成により連続三段からなる階段状の加工面が得られるのである。因みに、並列・重合構成であつても、金属面上で第二画像が第一画像と並列するとともに第一画像と反対側に露出金属面が残置しなければ、連続三段の階段状は形成されないのは当然であり、右の説示はかかる露出金属面の残置を当然の前提としているものである(このことは、本願発明においても同様である。)。
5 以上によれば、引用例記載の発明が被加工金属材料の面に二種類のマスキング塗料を並列に且つ互いにそれぞれの一部で重合するように塗着することによりエツチング面が連続三段からなる階段状の加工面が得られるとの構成を示唆していると認めるのが相当であり、この点に関する原告の取消事由についての主張は理由がない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
被加工金属材料の面に、その一部に、互に溶解性を異にする少くとも二種類のマスキング塗料を並列に且つ互にその夫々の一部で重合するように塗着して夫々所望の文字、図柄等のマスキングを施した後、該マスキングで被覆されていない前記金属面部のエツチングである第一次エツチング処理と、次で該エツチング面に連続する前記マスキング塗着塗料の除去処理後該除去面部のエツチングである第二次エツチング処理とを行ない少くとも連続二段から成る階段状のエツチング加工面を形成することを特徴とし、更に最終に残る異種のマスキング塗着塗料の除去処理を行ない最高の未エツチング段面を含む少くとも連続三段から成る階段状の加工面をもつものに形成されるようにしたことを特徴とする金属面の階段状エツチング加工法(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
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別紙図面(二)
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別紙図面(三)
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別紙図面(四)
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